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映画「はたらく」コメント文 第7弾 [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」コメント文 第7弾です。



寄稿していただいた方は、私立聖坂養護学校(横浜市)の前校長で、現在は長野県で農業に従事している、松井務さんです。ぜひご覧ください。



映画「はたらく」を鑑賞して

私は、私立の特別支援学校の教師を永年続けてきました。養護学校義務化前から教職にあったため保護者と共に本人を支援して来ました。

養護学校義務化(1979年)を前にして自閉症児が一変に6人も入学して来た年がありました。それまでの教育方法では対応できず、大変な苦労をした事を思い出します。

あれから、40年近く経ち、発達障碍や自閉症時の増加が特別支援教育の課題となっています。個性的で個別の丁寧な指導が必要な彼等には集団指導は馴染みません。

教師の確保が課題となりました。

さて、映画「はたらく」の主人公は学校を卒業し社会に出た方が俳優になると云うユニークな作品です。監督の齋藤さんは、以前からハンディのある方々を支援しており集団に適応出来ないで、何時も外で車を見ている彼を見て疑問を抱いた様です。

「俳優にならないか?」との問いかけに対して「はい」と本人が応じた事から映画が始まります。自閉傾向のある彼が、応じたのも不思議ですがそこから始まる俳優を目指した二人三脚が面白い。互いに別の世界に住んでいてコミュニケーションも取れない様な状態から一緒に作品を作る「俳優」に変身できるのか?

専門家の目から見ても無謀な航海に乗り出したと映る挑戦です。本人達に見てもらいたいと思います。間違いなく共感の輪が広がります。 また、支援者の方にも見てもらいたいと思います。彼等への理解が広がると思います。 勿論、隣人として歩む私達にも多くの示唆を与えてくれます。 世の中、色んな人がいますが「みんな違って、みんな良い」と言う金子みすゞの言葉が浮かんで来るそんな作品です。



松井 務 私立聖坂養護学校(横浜市)前校長、現在は長野県で農業に従事している。


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映画「はたらく」コメント文 第6弾 [映画「はたらく」情報]


皆様、ブログは久しぶりの更新です。


今日は、映画「はたらく」のコメント文第6弾を掲載させていただきます。


今回は宮城県にあります、一般社団法人ふくのねの代表理事であります、本木仁様のコメントです。




『はたらく』を鑑賞して

 

 人がこの世に生を受け大人になれば皆仕事を通じてこの世の役割をもち、誰かの役にたちたいと考えることが人間生活の営みであろうと考えます。それは障がいの有無に拘らず

それぞれの能力や個性に応じた働きがあっていいのではないでしょうか。

 

 この度の上映作品の「はたらく」では自閉症のあるしょうへいさんが監督からの要請をうけこの作品の主演を引き受け、難しい練習に取組んでいきますが思ったようにうまくいかず、果たして作品が完成するのだろうかと思っているところへ一緒に練習する俳優仲間が支援に加わり練習が本格的になっていきます。この加わる仲間こそが一般的に障がい者をとりまく環境でいえば地域の方々の支援になるのではと私なりに考えました。

 

 弱い、小さな人々でも生きがいを持ち、毎日の生活のリズム、ハリをつくるのは「はたらき」を通じてしか得られません、何もしなくてもいい毎日は、数日は良いかもしれませんがこれが長く続けば心身ともに健康状態も保たれないのではないでしょうか。

 

 しょうへいさんの映画の表情やしぐさが映画前半と後半では明らかに働くことを通じて喜びに満ちたものとなっていることに注目したいと思います。

 

 

本木 仁



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映画「はたらく」コメント文第5弾 [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」コメント文第5弾です。

 

横浜市仲町台にありますコミュニティカフェ「いのちの木」岩永敏朗氏 からコメントをいただきいております。「いのちの木」は映画「はたらく」全国上映プロジェクトの協力団体でもあります。

 

いのちの木フェイスブックページ  https://ja-jp.facebook.com/tack.treeoflife/

 

ぜひご覧ください。

 

 

 

いのちの木 岩永敏朗氏 映画「はたらく」コメント文

 

 

 

 「弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。」 弱さや障がいに向き合う時に、私たちの心は裸にされるように思います。文化や死生観、親からの教えに影響されています。心の中に優劣をつける自分を見出し、その時々に心は変化を定まらない自分と出会います。

 

 小学生の時代に、翔平さんのような友達がいました。自動車を見ながらハンカチを振る姿を交差点で毎日のように見ました。映画の中にも、主演の翔平さんの日常のカットが挿入されていますが、監督の葛藤のシーンとこの翔平さんの日常のシーンが、心に訴えかけてくるのです。 社会を身体全体として考えるならば、目が手に向かって「必要としない」とは言えないし、頭が足に向かって「必要をしない」とは言えない。まして、隠れた弱い器官がなければ、身体を形成することはできずに、前進をすることもできなくなります。 障がい特性を知り、支援できる事は何かと考えることが先に立つ自分がいますが、自分自身の心に向き合い、心新たに目の前のひとりの人格と向き合うことの必要を感じさせてくれる映画だと思います。

 

 

 



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映画「はたらく」コメント文第4弾 [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」コメント文第4弾です。

 

NPO上福岡障害者支援センター21 原直人様からコメントをいただきました。2月12日の一般公開前の特別先行試写会を企画していただきました団体様の方です。

 

多くの障害のある方に鑑賞いただいた試写会での感想をいただきました。

 

映画「はたらく」は障害のある方にとって希望の作品であることを改めて実感させていただいたコメントです。

 

ぜひご覧ください。

 


映画「はたらく」コメント


ふだん、自閉症の人たちと関わっている家族や支援者はどんな反応をするのか不安だったのですが、何よりも当事者たちが途中退席、居眠りなく最後まで見続けていたことは嬉しい誤算でした。障害のある方々にはダイレクトに受け入れられたのだと思います。


自閉症の方は音楽やリズムが好きな人が多いです。翔平さんも演技の練習を通して本当に上手になりましたね。この上達具合はふだん自閉症の方々と関わっている支援者の方が強く実感できたかもしれません。

 


日頃自閉症の方々と関わる支援者にもいろんな人がいて当事者は戸惑うこともあるかと思いますが、支援者以外の人との関りになると当事者は緊張して不安になり騒いだり走ったりするので一般の人たちは驚いて離れていく場合が多いですよね。


障害者の権利条約や差別解消法、虐待防止法ができても、うわべだけ整備されて、心の奥底には障害者への偏見が渦巻いています。「カネを生み出さない人への社会からの排除」は加速しています。

 


知的障害の程度によっても理解力や表現方法に大きな差があります。それでも投げかける言葉は確実に彼らには届いていて、しかしこちらが期待するような行動が直ぐに返ってこないものだから我々はイライラしたり諦めたりしてしまう。でも、彼らのタイミングで応えてくれる。

 


最近は「ストレングスモデル」という、本人の長所にスポットを当て本人中心で支援を組み立てていく支援方法が浸透しつつあります。


ただ、福祉従事者の中には「全員にそんなことをやっていたら時間がいくらあっても足りない」という反発も多くあります。

 


いろんな人がいて当たり前。 障害者のいない社会なんて不自然極まりなく恐ろしい。そんな考えがうまく広がっていきません。


 

 右往左往しながら一人でも多くの人の笑顔が咲くように頑張っていこうと思っています。


 


 温かい映画を作って頂き、本当にありがとうございました。


 


 NPO上福岡障害者支援センター21 原直人

 



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映画「はたらく」コメント文 第3弾 [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」コメント文第3弾です。

 

千葉商科大学人間社会学部准教授の佐藤哲彰様からコメントをいただきました。専門は労働時間、労働経済、労働統計等、労働経済論・仕事と生活等の講義を担当されています。

本作品のテーマである「仕事」について研究されている先生です。とても興味深い内容となっております。ぜひご覧ください。

 

 

愛がなければ、何の役にも立ちません。
〜今後の「はたらく」と映画「はたらく」〜 佐藤哲彰

 この映画は大変な傑作だ、と私は考えている。

 それを、2つの視点から説明したい。

 第一は、愛である。

 この作品は、「しょうへいさん」にこんな就労支援(俳優職)を行なったら、何が起こるのか、という、実験的な映画である。

 愛という言葉はよく聞く。私も愛されているし、いくぶんか家族や周囲の人を愛している。しかしこの映画を見て、私は愛について、具体的によくわかっていなかった、と感じた。

 ああ、私は足りなかった。周囲の人がしょうへいさんに示す愛の姿が、笑顔や対応が、おそらく福祉現場の方々だけでなく、私のような教育現場で働く者にも、強い反省を迫るかもしれない。

 私はこのような姿で、困難を抱える若者を受け入れ愛してこなかった。そのような心地よい反省。本当に必要なものに立ち返る、喜びに満ちた反省を、私だけでなく多くの人に迫る。それはこの作品を見た人だけでなく、その大切な隣人をも本当に幸せにする、かけがえのないものである。

 こんな手厚い就労支援は、忙しい現代人には困難かもしれない。だがもし行えば何が起こるのか、本人をどう変え、援助者に何が起こるのか。それが映画という媒体を通して明快に示されている。

 「弱さを与えられた」人間の根源的な偉大さ(なぜだろう?)、潜在能力の素晴らしさを、しょうへいさんからも、かんとくや周囲の人々からも学べる作品である、と私は感じた。

 第二は、「はたらく」である。

 この映画は、人工知能等にルーチンワークを奪われる人類の、新たな「はたらく」モデルを、明快に示しているように思える。

 人間は長年の間、機械に仕事を奪われ、より創造的な業務に移ることを迫られてきたが、それがいっそう進み、それができる人とできない人との所得格差が拡大すると言われる。はたらくとは要求されたことをこなすこと、勤勉・緻密・誠実に実行することを意味したが、今後、ルーチン的な事務職や現業職はかなり機械がやるようになり、そういった雇用も激減する。

 では、人間が発揮すべき創造性とは何か。

 創造性は、矛盾との格闘から生まれる。現実の問題・悩みに、情熱をもって格闘・工夫する中で発揮され、育てられる。愛をもって、粘り強く問題解決に取り組むこと、つまり愛に基づく情熱こそが創造性の母であり、21世紀の標準的な「はたらく」姿なのではないだろうか。

 この映画で「かんとく」はじめ周囲の人々は、しょうへいさんの何かに目を留めて尊敬を抱き、彼と同じ目線で、彼の「はたらく」を我が身の「はたらく」問題と深く結びつけたかもしれない。ここから、彼に合った俳優の仕事をどう定めればいいのか、彼を苦しめていないか、映画になるのかなど、様々に悩みながら、彼の深いニーズをつかもう、形にしようと格闘している。そして終盤のシーンで、その実を見ることになり、この傑作映画が完成した。「しょうへいさんで映画を撮ろう」という斬新な愛の格闘が、この二重の実をみのらせた。

 これこそ、我々が身につけるべき、創造的な「はたらく」姿ではないか。

 この意味で、非常に完成された傑作だ、と私は考えている。愛と格闘が示され、そのリアルな実も明快に示されているためである。

 ストーリー自体は中盤まで苦闘を重ねる姿が描かれている。にもかかわらず飽きさせないのは、映像の力と、しょうへいさんのうちの何か、なによりも出演者の素晴らしい笑顔・語調のゆえだと感じた。この笑顔はどこから来ているのだろうか?必見である。また私が監督を大天才だと思うのは、そのカメラワークに独特の美しさ・素朴な力を感じさせ、音楽とともに飽きさせないためである。これだけでも一見の価値があるかもしれない。

 「たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え…ても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」既に老いも若きも多くが孤立し、生きる意味を失い、傷ついている。ここにVRなど最新鋭の映像技術等が入り込み、人々を虜にする。これは今後深まっていく。

 愛がなければ、本当に何の役にも立たない、と自分に語りかけながら、歩んでいきたい。

 

 

佐藤哲彰(さとうてつあき)千葉商科大学人間社会学部准教授。専門は労働時間、労働経済、労働統計等。労働経済論・仕事と生活等の講義を担当。同大学人間社会学部キャリア委員。



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映画「はたらく」コメント文 第2弾  [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」コメント文第2弾です。引地達也氏のコメント文です。ぜひご覧ください。ジャーナリストの方らしいとても興味深い内容となっております。下記プロフィールとコメントです。


 


引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。就労移行支援事業所シャロームネットワーク総括、ケアメディア推進プロジェクト代表並びに季刊「ケアメディア」編集長。一般財団法人福祉教育支援協会上席研究員、一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員、ニュース屋台村運営委員、発達障がい者のための「大学」である法定外「見晴台学園大学」客員教授、コミュニケーション基礎研究会代表


 


 


「はたらく」を是非見てください
よき社会とよき隣人に向けて―心の呪縛に問いかける完璧な佇まい


 齋藤一男監督作品の映画「はたらく」(ロゴスフィルム製作)で突きつけるテーマは鋭くて、そして優しい。自閉症のしょうへい(長田翔平さん)を主人公として、映画の中心にいるその「俳優」のしょうへいは、型に収まりながら演技をする存在ではなく、その佇まいが受ける側としての「表現」として完璧である。
しかし、しょうへいはそれを表現していない。しょうへいは「いる」だけである。そこに障がいが「ある」だけである。齋藤監督はこの「いる」の存在感が完璧な主人公とともに、映画として表現した結果、一般と言われる私たちの「常識」への鋭い問いかけになっている。

私たちは作品中、しょうへいの「障がい」を見るのだが、実際には何を見ているのだろうか。巷間、私たちが見るのは完成品ばかりだ。完成されたストーリーと俳優による誤謬のない展開。見せたいものと見たいものの美しい相互コミュニケーション。多くの作品は「強制」により演技者として、または編集の工夫により作品として「見せるもの」へと完成されていく。それは作品として当然の作業であり、「完全」に仕上がっている。
 完全に対し、映画「はたらく」は「不完全」である。それは、俳優のしょうへいが、私たちが日々感じる「俳優」としてのプロフェッショナリズムを持ち得ていないからにほかならない。しかし、それを決めているのは何だろう。社会通念か、自らの経験値か、世間の暗黙知か。何を根拠に私たちは完全と不完全を決めているのだろう。

実は、私たちの生活の中で、自閉症の家族や関連業務に携わっていない限り、素のままの自閉症者の行動に接することはない。テレビや映画で扱われたとしても、一部が切り取られただけの、断片のうちの細部のほんの欠片に過ぎない。マスメディアや企業ジャーナリズムも当事者感を叫びながら、そこに近づき正確な問題を抽出する力はない。この映画の持つ力はそれらジャーナリズムのあり方への問いかけとしても受け止めることが出来るだろう。
交差点に立つしょうへいの映像は、何気ない立ち姿や顔のクローズアップで私たちの心に迫ってくる。彼がそこにただ「いる」だけなのだが、その前にしょうへいで「ある」ことに気づかされる。
おそらく多くの人がそこで「ある」と「いる」の距離感に気づかされるのだ。
その距離感を是非、多くの人に感じてもらいたい。きっと価値観、いや、心の呪縛を見つめ直し、「よき社会」について考えるきっかけになるはずである。

(了)

引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。就労移行支援事業所シャロームネットワーク総括、ケアメディア推進プロジェクト代表並びに季刊「ケアメディア」編集長。一般財団法人福祉教育支援協会上席研究員、一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員、ニュース屋台村運営委員、発達障がい者のための「大学」である法定外「見晴台学園大学」客員教授、コミュニケーション基礎研究会代表



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映画「はたらく」コメント文 第1弾 [映画「はたらく」情報]

同志社大学社会学部教授の木原活信先生から映画「はたらく」コメント文をいただきました。ぜひシェアしていただき、映画「はたらく」を多くの方に知っていただき、これからの社会の在り方を一人でも多くの皆様と分かち合いたいと思っております。次回試写会は8月5日(土)の一般有料試写会となります。その後の一般公開の試写は未定であります。また正式な一般上映は来年の予定です。とても貴重な一般試写となっておりますのでご都合のよろしい方はぜひお越しください。また現在、映画「はたらく」を応援する会のメンバーを大募集中です。詳しくはコメント文下をご覧ください。

映画「はたらく」を今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

映画「はたらく」齋藤一男監督 ロゴスフィルムを鑑賞して 
 当初、「普通」の映画と思って鑑賞しましたので、こちらの予想をはるかに超える意外な展開で、鑑賞後はなにか不思議な感覚につつまれました。今でもこの感覚は言語化して説明ができないままですが・・・それは決して避けがたい「重い」ものではなく、主役のしょうへいさんの雰囲気から醸し出される、なにか爽やかな雰囲気でもありました。
 
いずれにせよ、「はたらく」、という意味について、改めて考えさせられました。それは自分自身が「はたらく」ということについてもそうですが。一方で、重度の知的障害を伴う自閉症の甥、中程度の知的障害児の姪が身近にいますので、その目線と、社会福祉学者として、近年、話題になっている障害者の就労ということで、今回の映画をみていました。もうすぐ青年になる甥の場合、そもそも働くなどとは現時点で程遠い状態ですが、障害者にとって「はたらく」とはいかなる意味があるのか。よりラディカルにいうと、重度障害者は、「労働」という意味づけが本人にできないのなら、「労働する」必要はない、ということになるかと思います。健常者間の議論で、一方的に「労働」というものを捉えて、それをあたかも強要するような風潮が政府(厚労省)から近年出ているのには私は極めて懐疑的です。当然、障害当事者からの要求として「はたらく」ことに参加するという要求が起こってくるのとはまったく別の話ですが。目下、「就労支援」ということで、多くの障害者施設では、精神、知的障害者問わず、懸命にそれに取り組んでいます。しかし「はたらく」とは当事者にとって一体いかなる意味があるのか、そこでの意味は十分に問われていないような気がします。
今回の映画が、上記の社会福祉全般における課題を意識したのかどうかは、私には必ずしも十分に読み取れませんでしたが、そもそも人間にとって「はたらく」とはいかなることか必死に齋藤監督ご自身がその意味を考えておられるようでした。恐らく、私の理解では、しょうへいさんにとって、はたらくとは一体何なのか、一つの答えを提供するというよりも、見る側一人ひとりが自ら考えて欲しいということだったのかもしれません。
いずれにせよ、映画「はたらく」は、極めて斬新な映画であり、みるものに不思議な感覚を与え、そしてその後もはたらくとは一体何かについて、自問自答させられる内容だったと思います。これは今も続いています。それでありながらも、鑑賞し終わって、なぜか爽やかな気持ちにさせてくれるものだったと思います。もしかしたら深読みかもしれませんが、これが監督の描こうとする「弱さにある希望」なのかもしれません。
木原活信(きはら・かつのぶ)
福岡県出身、炭鉱の町筑豊で高校生まで育つ。その後、京都、広島、東京、カナダと転々とし、現在は京都市在住。NTT東海カウンセラー、広島女子大学講師、東京都立大学助教授、トロント大学ソーシャルワーク客員研究員を経て、現在、同志社大学社会学部教授。博士(社会福祉学)。専門領域は、福祉思想・哲学、ソーシャルワーク論。実践フィールドとして死生臨床(自殺予防)、精神保健福祉領域。主著に、『「弱さ」の向うにあるもの』(いのちのことば社、2015)、『社会福祉と人権』(ミネルヴァ書房2014)、『対人援助の福祉エートス』(ミネルヴァ書房2003)、『J.アダムズの社会福祉実践思想の研究 』(川島書店1998)(第5回福武直賞受賞)。3人の子供たちと妻の5人家族。趣味は、亀、クラシックギター、カープ。キリスト者。

木原活信先生パーソナルページ http://www.geocities.jp/kihara0918/

 

映画「はたらく」一般有料試写会イベントページ
https://www.facebook.com/events/1910577305879866/

 

映画はたらくを応援する会 第2版チラシ.jpg

 

 



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映画「はたらく」上映に向けて [映画「はたらく」情報]

映画「はたらく」上映に向けて


 


映画「はたらく」の監督、齋藤一男です。ここではロゴスフィルム最新作第4弾「はたらく」の上映に先がけて、本作品の私の思いを知っていただくたく思い、“映画「はたらく」上映に向けて”と題して、ここに記させていただきます。


 


「はたらく」は、20141月から製作開始、およそ3年後の20172月に完成し、いよいよ「はたらく」が皆様の前に旅立つということになり、感無量の気持ちであります。そしてこれからは新たなるスタートです。皆様に見ていただき、本作品の趣旨である「人が働く」とはどういうことか考えるきっかけをご提供することができて、ようやくゴールだと思っています。


 


今回の作品は、私が以前働かせていただいていた福祉作業所に利用者として働いている長田翔平さんという方が主人公です。彼は俗に言う自閉症という障害のある方です。ただ自閉症という言葉だけで説明できるほど一人の人間を知ることは簡単ではありませんが、それはどの人も同じだと思います。今回、翔平さんを主人公にしたいと思った主な理由は、彼の存在感、何より彼の人格としての深さ、理解することが難しいということは私にとっての役者の素質が十分であること、映画的に素晴らしい作品になるのではないか、また映画という媒体を通して彼の本質的なものが何かつかめるのではないかと思ったというようなこと、彼が普段定期的にミュージカルで舞台に立っているので人前で何かすることは仕事として成立するのではないかと思ったことなどです。撮影を通して翔平さんと2年ほど深く関わらせていただきました。この2年間だけで翔平さんを知ることは難しいかもしれませんし、きっと一生かけても難しいのかもしれません。ただ映画という媒体を通して翔平さんと関わらせていただき、映画でなければ気が付くことができないことがたくさんあったと思っていまして、その2年間の気が付いたことの全てがこの映画に詰まっていると思います。


 


大まかな作品の流れとしては、翔平さんと一緒に映画制作していく過程の様子の映像と実際に完成した映画の二本立てのような作品です。しかし正直な所、映画が本当に完成することができるのだろうかという不安がありました。なぜなら翔平さんは同じことの繰り返し、ルーティン仕事でないと難しいと私は思っていたので、本来撮影はルーティン仕事のようには絶対いかないのですが、極力翔平さんが仕事をしやすいよう、毎回同じことをする繰り返しの撮影をしていましたがこれで本当におもしろくなるのだろうかという不安もありました。そのような撮影の作品を実際に映画として人にお金を払って見てもらえるような作品にしなければならないというプレッシャーもありましたが、“翔平さんの俳優としての魅力を表現すること”を忠実に表現すればきっとすばらしい映画になるだろうという思いもありましたし、今は翔平さんにとって、仕事をする上でルーティン以上に大事なものがあるかもしれないということを知ることが私はできたのではないかもしれないと思っています。


 


最後に、本作品を通して皆様と考えたいと思っていることがあります。人が働くことを通して、「福祉とは何か?」ということです。福祉とは、「人の幸せ、豊かさ」の追求であると思うのですが、「人にとっての幸せ」とはいったい何でしょうか?それは障害の有無は関係なく、決して他人ごとではない全ての人にとっての問題だと思います。本作品のテーマである「仕事」ということを通して私なりに「福祉」について考えてみました。私は「福祉」と「仕事」はお互いに生かしあうことができると信じています。というよりはお互いがお互いを必要不可欠な存在なのではないでしょうか。ただ映画「はたらく」はあくまで考えるきっかけのご提供に過ぎません。一人一人皆いろいろな考え方価値観があると思います。「仕事とは、働くとは、幸せとは、豊かさとは、福祉とは」何か皆で分かち合い考えていけたら、またその積み重ねがより良い社会の第一歩であることを信じています。


 


それでは皆様とお会いできることを心より楽しみにしております。


 


 作品情報はロゴスフィルムホームページをご覧ください。http://logosfilm.jp


 


ロゴスフィルム 代表、映画「はたらく」監督 齋藤一男



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映画「はたらく」 もう間もなく情報解禁します! [映画「はたらく」情報]

皆様


こちらのブログで映画「はたらく」のことを中心に記すのは久しぶりではないかと思います。


元々、このブログは映画「はたらく」の制作の様子を残したいと思い、始めました。


ただやはり、マメなタイプでない私は、中々、更新することができず、徐々に映画はたらく以外の情報をこちらでご紹介させていただくようになりました。


ここで初心に帰り、映画「はたらく」の近況をお伝えしたく思います。


映画「はたらく」は2017年2月に完成しまして、現在6月からの上映活動に備えて、準備中でございます。


もう間もなくゴールデンウイーク明けごろから少しづつかもしれませんが情報公開できると思います。


今回の作品は、過去のロゴスフィルム作品とは違う上映展開を考えています。


振り返りますと、ロゴスフィルム作品第1弾「光と闇」と第2弾「いのちの水」は、同じ場所で長い期間(光と闇はおよそ5年、いのちの水はおよそ4年)上映しました。また第3弾「かがみ」は、全国各地のあらゆる場所で単発の上映をおよそ4年ほどしてきました。


そして今回の第4弾「はたらく」ですが、今までとはまた違う形になっていくような気がしています。


はやくお伝えしたいです。


ロゴスフィルム設立から何と13年になります。


これから先のことは分かりませんが、今は映画「はたらく」を最善の形で一人でも多くの方にお伝えできるようがんばっていきたいと思います。


作品のテーマである「人が働く」ことを「はたらく」という作品を通して、多くの方と「人が働く」ということについて話し合い、未来における希望を分かち合いたいと思っています。映画の力を信じます。映画は無くても生きていけますが、可能性はとてつもない社会を変える力があると信じています。


皆さんで一緒に将来の希望を分かちあいたいです。



ロゴスフィルム 齋藤一男



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